さて今日は、ワイドスクリーン化の弊害について書こうと思ったのですが、ちょっとだけ横道にそれたいと思います。
このワイドスクリーン、代表的なものとしては20世紀FOX社の登録商標である「シネマスコープ」…略して“シネスコ”と呼ばれる方式が有名でしたが、日本でも、ほんの少し遅れて、ワイドスクリーン化が押し寄せてきました。
しかし、映画監督の中では、最後の最後まで、ワイドスクリーン化に背を向けた人たちがいました。
その代表的な監督が、かの小津安二郎、その人でした。
偏執狂的なまでに構図に拘る小津にしてみれば、画面のアスペクト比(縦横比)が変わることなど、決して受け入れられるものではなかったのでしょう。
「東京物語」では、老夫婦である、笠智衆と東山千栄子の背中が完全に相似形になるように、笠の背中に座布団(かな?)を入れるくらいの、また、「秋日和」では、若いカップル(佐田啓二と司葉子)がラーメン屋でラーメンを食べるシーンで、カウンターに並んで食べさせ、相似形を形作るなど、異様とも思えるほど構図に拘った人…。
※どこのカップルが、テーブル席が空いているのに、わざわざカウンターで並んで食べるのか!?
一方、かなり早くからワイドスクリーンに取り組み、自ら積極的に演出を変えていった監督に、黒澤明がいます。
特に「天国と地獄」の前半の、一環して室内だけで撮影されたシーンの数々は、複数の人物の動きやカメラ(この作品でも、黒澤得意のマルチカメラで撮影されていますが)には、“これぞワイドスクリーンの演出”と喝采を送りたくなるほどです。
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「天国と地獄」(C)黒澤プロダクション・東宝
このように、日本を代表する両巨頭が、かくもワイドスクリーンに対して異なる反応を示したのは、映画史を語るうえで、非常に興味深い出来事でしょう。
ちなみに、この両監督は、映画のカラー化に対しても、まったく異なる反応を示しました。
小津は、1958年の「彼岸花」で初めてカラー化に取り組みます。とは言っても、そこは小津。数あるカラーフィルムをさんざん試した結果、赤色がくっきりと特徴的に出る、(西)ドイツのアグファ・カラーを採用するのでした。あとにも先にも、小津ほど徹底してアグファを使った監督は、他にいないのではないでしょうか。
私も、以前英語教材を作るため、6mmテープ(一般的な音声の録音用)を選ぶとき、最初はTDKなどを使っていましたが、あるとき、フト小津のことを思い出して、アグファの6mmを使ったことがありました。他のテープに比べると、ややフニャっとした手触りでしたが、何か、気分が高揚したことを覚えています。
アグファはまた、一時(1990年代はじめ頃)日本でも、35mmカメラ用にカラーフィルムで市場を切り開こうとしましたが、コダックやサクラ、フジなど競合ひしめく国内では、結局退散せざるを得ませんでしたが。ちなみに、そのときのTVCMには、真っ赤な超ロングドレスを着たモデルが起用されていました。かくの如し、アグファ自身も、自らの赤色に対する想いがあったのでしょうね。
一方の黒澤ですが、積極的にワイドスクリーンには取り組んだものの、逆にカラー化に関しては、終始手を出しませんでした。納得したのか、ようやくカラー映画を撮ったのは、もう全盛期を過ぎた頃(1970年)の「どですかでん」になります。
このあたり、同じ、日本を代表する映画監督でも、画面や色に対する思いは、相当異なっていたのでしょうね。なかなか興味深い話ではあります。